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木簡 近江国生蘇三合
 

200年以上も続いた貢蘇制度である。蘇に纏わる壺のひとつや

ふたつは原型をとどめ出てきそうなものだが貢蘇に使われた壺は

未だ発見されていない。

とすると壺を叩き割って中身を取り出したという仮説もあながち

捨てたものではない。「盛壺」表記の粉乳説も興味深いが、今回は

木簡シリーズということで「壺」の解明はまたいずれしたいと思い

ます。

 


さてもう一枚の木簡「近江国生蘇三合」であるが、近江国は現在の

滋賀県の範囲であるとされている。大和まで急げは一日で着く距離

である。蘇を作った翌日には、都に搬入可能であり、冬場であれば

生乳であっても殺菌すれば腐敗することなく飲用として使える距離

であっただろう。

であれば「生蘇」とはかなり軟らかな蘇であったのではなかろうか、

固形というより練乳のような液状に近い物であったかもしれない


 

「近江国生蘇三合」木簡データベースの内容分類の所を見ていた

だきたいのだが「付札」となっている。「上総国精蘇」の方は「荷札」

となっている。「荷札」とは殆どのものが貢進に際して荷物に付けら

れた札である。「付札」は保管分類される物に付けておく札であった

らしい。

貢納された蘇を三合(大升三合であれば約180g、小升三合であれば

60g)に切り分け和紙にでも包み「付札」を付けるとしたらこの様

な縛り方で保管分類されたであろうか。

木簡に紐を縛る切り口が上下二か所あるのでこの様にしてみたが、

「上総国精蘇」の方は上一か所だけなので壺のくびれに掛けるように

した。




正解かどうかは解らないが「荷札」と「付札」のこの切り込みの違い

により、荷姿の相違を想像することができる。

 

それにつけてもこの薄っぺらい木簡、1200年以上前の物が現存発掘

されたことも凄いが古代日本にミルク文化が存在し、貢蘇制度が確立

され全国に牧を設け牛を飼い搾乳をし乳製品を作っていた事実が証明

されている事にも驚かされる。

 

この小さな木片から古代人の息吹が聞こえてくるのは

私だけではなかろう

author:蘇庵, category:蘇のシリーズ 木簡編, 19:02
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