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木簡 上総国精蘇
 

先日、作った木簡を使って「蘇」の検証をしようと思うのだが

専門家ではないので、まぁ遊びの延長ぐらいのつもりで考察して

見ることにしよう。

 

先ずはこの二枚の木簡を比較しながら進めていこう、

「上総国精蘓」「近江国生蘇三合」である。


 

 蘇のシリーズ 製造編(蘇の五)でも触れたように精蘇と生蘇が

存在しその形状は違うものでありかつ消味期限(保存期間)

大きな差があった事は前述したとおりだ。遠国の上総国からは

水分量の少ない硬い精蘇を、近国の近江国からはみずみずしい

柔らかな生蘇を貢納させたと考えられる。

 

 上総国とはご存知のように千葉県の中部である。奈良の平城京まで

運ぶとしたら一か月以上はかかったであろう。牛馬を使ったとしても

精蘇を収めた入れ物は壺であったので走って運ぶとは考えられず、

大動物と一緒であれば却って手間がかかり時間を要したであろう。

とすれば余程濃縮率を高め水分量を減らさなければ腐敗は免れない。

延喜式に唯一残された作蘇の法 「乳大一斗ヲ煎り、蘇大一升ヲ得ル」を

実践することになる。

確かに水分活性が低ければ蘇の保存性は高まるが、味や色、テクスチャー(歯触りや

舌触り)、脂肪の酸化などに大きく影響を及ぼす。(蘇のシリーズ 製造編を参照して下さい)

 

 さて史料に残されている「諸国貢蘇番次」によると上総国の貢蘇負担は17壺で、

大壺大一升(約600g入り)7口、小壺小一升(200g入り)10口であったらしい。
(蘇庵ではこれに習い注文があれば小壺に、パックした蘇を入れて販売している。)


この小壺は150g位しか入らないが、こんな感じで麻ひもを結び木簡を付けていたのでは

ないだろうか。



なんだか骨壺と間違えそうだが。  ^^;

ところで、限界まで濃縮され出来上がった蘇を壺に封入することはできたとしても
取り出すにはどうしていたのだろう。壺の形状がバケツ型であればスポッと抜けるだろうが
大概の壺は胴部分が太く口が小さい、十分の一に濃縮された蘇は一晩もすれば
カチカチに固まるのは間違いない。逆さに振ったって出てくるものではないだろう、いったい
どうやって使っていたのかしら?。
刃物かなにかでゴリゴリと削っていたのか、はたまた壺を叩き割って取り出していたのか...。

実はこの「精蘇」、粉乳ではなかったのかという説もある。皆さんご存知のコーヒーに入れる
クリープや粉ミルクのような粉末状のものであったとする学者先生もいる。
その心は「出雲国計会帳」に「盛壺」という記述があることを指摘してのことである。

さぁ、面白くなってきましたが、今日はこの辺でお開きにいたします。


author:蘇庵, category:蘇のシリーズ 木簡編, 19:13
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