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蘇の五 「精蘇」と「生蘇」
 牛乳はとても栄養価の高い食品であるが細菌にとっても格好の
培地でもある。
水分量が多いほど痛みやすい訳であるから出来るだけ濃縮率
上げ水分の少ない蘇に仕上げれば保存が利く。
「延喜式」による十分の一の濃縮は、質の安定と保存が目的で
あり、遠い諸国からの運搬にも都合が良かったのであろう。
このほとんどカラカラに乾いた状態の蘇を「精蘇」とよんでいたようである。
直接食べるというよりは、主に薬餌として使用していたのではないだろうか。
 
 貢蘇制度が確立した当初は「生蘇」なる物も貢納されていた。
平城宮跡から出土した木簡の中に「近江国生蘇三合」という書付
がある。
恐らく水分量が多めの柔らかいタイプの蘇であったと推察される。
運搬途中でカビが発生したり腐敗する事も度々遭ったに違いない
次第に近隣諸国からのみの物となり、後に不親切レシピが発動し、
十分の一の濃縮に統一され「精蘇」のみとなるのである。
では「生蘇」の製造は中止されてしまったのだろうか。
 
 

       
 
 
 ここで長屋王邸跡から出土したふたつの木簡に書かれた内容を
紹介したい、非常に興味深いものである。
 
A 「牛乳持参人米七合五勺 受丙万呂九月十五日」
B 牛乳煎人一口米七合五夕 受稲万呂」
 
 Aの木簡には「牛乳を納品した丙万呂は米を七合五勺
褒美に受け取った」。
 Bの木簡は「蘇を作った稲万呂は米を七合五勺褒美に
受け取った」という書付である。
 
おそらく邸内にある乳牛院(乳製品加工所)に、近隣の
乳戸(酪農家丙万呂)より質の良い新鮮な乳を運ばせ、
腕の良い煎人(蘇を作る人稲万呂)を雇い入れ蘇を作ら
せたのでは無いだろうか。
そして朝廷の御膳に上げられ、高官、貴族たちの華やかな宴に
添えられた。そう、この特別な蘇こそが製造中止かと思われた
「生蘇」であると考えられる。
 
 
もうお気づきであろう、蘇庵の蘇はこの特別に作らせ
ていた蘇、
「生蘇」を再現した物なのである...。
author:蘇庵, category:蘇のシリーズ 製造編, 16:18
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